近未来の光、古都の円窓。
対極の先に見つけた、空間デザインの「本質」

写真は、鎌倉・明月院。
先日、久しぶりに映画「トロン」を観てきました。
スクリーンに映し出されたのは、現実の延長線上にあるようでいて、まだ誰も触れたことのない近未来の世界。そこを走るネオンの光、計算され尽くした色彩、そしてデジタルなリズム。それらは単なるSF的な映像表現にとどまらず、まるで「空間そのものが意思を持っている」かのような、強烈な存在感を放っていました。
映画館を出た後も、その残像がしばらく私の網膜から離れませんでした。 未来を描いた映画には、必ずと言っていいほど、時代を半歩、いや一歩先取りする感性が詰め込まれています。特に今回の「トロン」の世界観は、光と素材の扱い方、構造と余白(間)の関係性を、改めて私に問いかけてくるものでした。
無機質でありながら、どこか有機的な温もりすら感じさせる光のライン。 極限まで要素を削ぎ落としたからこそ際立つ、圧倒的な没入感。
「あぁ、これからの空間には、こういう光の捉え方も面白いかもしれない」 そんなアイデアの種が、頭の中でパチパチと弾けるのを感じました。映画は、私にとってただの娯楽ではなく、次のデザインへの大切なヒントが眠る「アイデアの宝庫」なのです。
そんな近未来の刺激を受けた一方で、私の心はふと、先日訪れた鎌倉の明月院へと飛びました。
あの「悟りの窓」と呼ばれる丸窓の前に座った時の静寂。 壁に穿たれた円が、向こう側の景色を切り取り、まるで一枚の絵画のように見せてくれる。そこにあるのは、自然光と影、そして季節の移ろいだけです。
一見すると、「トロン」の描くデジタルな近未来と、明月院の持つ日本の伝統美は、対極にあるもののように思えます。しかし、デザイナーとしてのフィルターを通してみると、そこには驚くほど共通した「本質」が流れていることに気づかされます。
それは、「何を切り取り、何を見せるか」という強烈な意識です。
映画の中の光のグリッドも、寺院の丸窓も、空間を区切り、視線を誘導し、そこにいる人の意識を「向こう側」へと連れて行くための装置です。素材がデジタルであろうと、木と土であろうと、人の心を震わせる空間の骨格には、時代を超えた普遍的なルールがあるのかもしれません。
最新のテクノロジーが描く未来の景色と、数百年変わらない古都の景色。 この二つの極端な世界を行き来することで、私の感性の振り子は大きく揺さぶられます。そして、その振り幅が大きければ大きいほど、そこから生まれるデザインには深みが増すと信じています。
「音楽から建築を作る」ことが私の原点であるように、映画のワンシーンから、あるいは旅先のふとした景色から、私は空間の設計図を描きます。
近未来的なシャープさと、伝統的な安らぎ。 相反する要素を融合させ、現代の暮らしにフィットする新しい「豊かさ」を提案すること。それこそが、これからのreborn-designが目指すべき空間づくりの在り方なのかもしれません。
お客様との対話の中で、「実はこんな映画が好きで…」とか「昔行ったあの場所が忘れられなくて…」といったお話が出る瞬間が、私は大好きです。その何気ない言葉の中にこそ、その方だけの理想の空間を紐解く鍵が隠されているからです。
映画館での高揚感と、古寺での静寂。 この両方の感覚を大切に抱きしめながら、また明日から図面に向かいたいと思います。 皆様の心にある「景色」も、ぜひ私に聞かせてください。そこから、世界に一つだけの空間を紡ぎ出してみせます。
