「移動」が教えてくれること。
感性の旅と、空間づくりの原動力

ふと立ち寄った書店で、一冊の本が私の目に留まりました。
長倉顕太さんの著書、『移動する人はうまくいく』。タイトルに惹かれてページを捲ると、そこには今の私の心に深く突き刺さる言葉たちが並んでいました。中でも、 「人は動くことで新しい自分に出会える」 という一節は、読み終えた後も心地よい余韻と共に、静かに、けれど確かに私の内側で響き続けています。

私たちデザイナーの仕事は、デスクに向かって図面を引くことだけではありません。むしろ、それ以外の時間に何を見て、何を感じ、どのように心を震わせたか。その総量が、アウトプットされる空間の質を決定づけると私は常々考えています。その意味で、この本が示唆する「移動」の価値は、私のデザイン哲学と深く共鳴するものでした。

なぜ、人は移動するのか。 単に物理的な距離を移動するためだけではないはずです。

慣れ親しんだ日常から一歩外へ踏み出し、見知らぬ土地の空気を吸い込むとき。あるいは、以前訪れた場所でも、季節や時間を変えて再訪したとき。そこには必ず、今まで知らなかった「何か」との出会いがあります。

それは、圧倒的な大自然の造形美かもしれませんし、名もなき路地裏に差し込む光の陰影かもしれません。あるいは、旅先で出会った人々との何気ない会話や、その土地で紡がれてきた歴史の重みであることもあります。

私自身、心が動く場所へ足を運ぶことを大切にしています。 日常の喧騒から離れ、身を置く環境を変えること。それは、凝り固まりかけた感性を解きほぐし、曇りのない眼差しを取り戻すための儀式のようなものかもしれません。

移動中の車窓から流れる景色をぼんやりと眺めているとき、あるいは空港の雑踏の中に身を置いているとき、不思議と新しいアイデアが降ってくることがあります。デスクでどれほど唸っても出てこなかった解決策が、移動という「余白」の中でふと形を成す。脳が、そして身体全体が、環境の変化によって刺激を受け、活性化している証拠なのだと思います。

景色、空気、音、匂い、そして人との出会い。 五感を通して得られるすべてのインスピレーションは、私の中で濾過され、やがて一つのデザインへと昇華されていきます。

私たちがご提案する空間は、お客様にとっての「日常」となる場所です。だからこそ、作り手である私自身が、常に新鮮な感動を心に宿していなければならないと思うのです。作り手の心が乾いていては、そこに住まう人の心を潤す空間など描けるはずもありません。

お客様に「心から感動していただける空間」を提供したい。 「この場所が好きだ」と、心から思っていただける時間をデザインしたい。

そのためには、私自身が誰よりも動き、見て、感じ続けること。 世界がいかに美しく、多様な表情を持っているかを知ること。 そして、その感動体験の引き出しを一つでも多く持っておくこと。

移動することは、私にとって単なる気晴らしではなく、学びそのものであり、クリエイションの最も大切な原動力です。

「移動する人はうまくいく」。 この言葉を胸に、私はこれからも軽やかに動き続けたいと思います。 まだ見ぬ景色と、そこで待っている新しい自分、そして何より、その先で出会うお客様の笑顔のために。

旅をするように、デザインをする。 そんな軽やかさと深みを持ってお客様と向き合っていきたいと、改めて強く感じた一冊でした。