感動を求めて旅に出る理由
〜「遊び心」が空間を豊かにする〜

先日、北海道の美瑛・富良野を訪れました。
ちょうどラベンダーの季節。見渡す限り、紫・黄・緑・赤と鮮やかなグラデーションが大地に広がり、背景には雄大な十勝岳連峰。空と大地と風が混ざり合うその景色に、私はしばらく言葉を失いました。
この場所に行こうと思ったのは、「遊び」が必要だと感じたからです。
空間づくりの仕事をしていると、日々、効率や合理性、美しさのバランスに意識が向きがちです。でも、心の奥にある“感性”は、机の上だけでは育ちません。
心を揺さぶられるような景色に出会い、ただ「きれいだな」と感じる――
その素直な感情の積み重ねこそが、私にとって最も大切なインスピレーションの源なのです。
遊びは、感性の栄養
「遊び」というと、仕事と切り離された“余白”や“ムダ”のように捉えられることがあります。でも本来、遊びとは“自由”であり、“創造”であり、心を解き放つ行為です。
美瑛の丘を歩いていると、風が草花を揺らす音が聞こえ、花の香りがふと漂います。
この“感じる”という行為は、まさに人間の本質であり、空間を設計する上での“核”だと改めて気づかされました。
人の心を動かす空間には、必ずどこかに「遊び」があります。
それは、ひとつの光の差し方かもしれないし、床材の並べ方かもしれない。もしくは、ふと目に留まる小さなアートや緑の配置かもしれません。
遊びとは、機能に従属しない“ゆらぎ”であり、“余白”です。
だからこそ、人の記憶に残り、心をそっとゆさぶるのです。
感動は、外にあるのではなく、心の内にある
富良野のラベンダー畑に立ったとき、私は「これは、空間づくりそのものだ」と感じました。
自然が設計した最高の舞台。色、香り、風、音、奥行き、それぞれが絶妙なバランスで存在していました。
でも、おもしろいのは、そこにいた全員が同じ景色を見ていても、感じ方が少しずつ違うということです。
ある人は「癒された」と言い、ある人は「泣きそうになった」と言う。
これは、感動が“景色”そのものにあるのではなく、“心の状態”に宿っているという証拠だと思います。
空間も同じです。
素材や設計の美しさ以上に大切なのは、「そこで人がどんな感情を抱くか」。
だから私は、いつも思います。
感動するために、まずは自分が動くこと。心を動かす体験を、自ら取りに行くこと。
旅に出ること、知らない景色に出会うことは、自分の内側を広げるための「心のストレッチ」です。
そしてその柔軟さが、空間づくりにも自然と現れてくるのです。
「遊び」が生む、心に残る空間
空間設計には機能や構造の制約がつきものですが、それだけで終わらせたくない。
そこに「遊び」を忍ばせることで、空間に命が宿ります。
たとえば、通路の途中に小さな坪庭を設けること。
光の揺らぎを壁に映す間接照明。
あえて少しだけ段差を設けて気持ちを切り替える工夫。
何気ないようでいて、心のどこかに響く“遊び”が、空間をより人間らしいものにしてくれるのです。
富良野の丘に吹く風のように、
そこに理由がなくてもいい。
でも、確かに「ある」と感じられる何か。
私はそんな“無意識の贈りもの”のような空間を、これからもつくっていきたいと思っています。
最後に
遊びとは、自分自身を満たす行為であり、人に感動を届けるための準備でもあります。
空間づくりは、理論や技術だけでは完成しません。
だからこそ、「感動の引き出し」を自ら増やす旅に、これからも出続けたいと思います。
北海道の大地で感じたこと。
それは、言葉にならない感情を大切にすることの大切さでした。
そして、その感情こそが、人の心に届く空間を生み出すのだと、改めて確信しました。
